自分は基本的にウェットな人間で、友人関係だとそれでもかまわないのだが、
組織の長としてウェットな関係で進めようとするのはなんか違っているような気もする。
人数が少ないうちはたぶん、ウェットだろうが無かろうが、どっちでもいいと思うのだが、
組織を作っていくことを考えるとどちらかを選択しなければならないと感じた。
たとえば自分が組織内でカリスマであり、俺についてこい的な関係を望むのなら、
ウェットでもかまわないが、それって、●●と愉快な仲間たち的な関係になるのが目に見えている。
能力が高くてもその関係について行けない人が出てくるのは間違いない。
Netsketは各人の創造力と自主性を発揮して、結果としてパワーが産まれるような組織にしたいと考えている。
それを目指す上で、カリスマという存在はじゃまでしかない。
以前にも「場」についてエントリーをした記憶があるが、どんなに小さな場であれ、その場の長という存在はほっといてもカリスマ化されてしまい、増長する危険性をはらんでいる。
カリスマとして増長してしまったとき、信者はカリスマに依存する関係になってしまう。
これではNetsketの目指す方向とはほど遠い。
個々人が自立して創造しており、その集団を外部から眺めたとき結果として組織に見える、という状況がベストなのだが、行き過ぎると個人事業主の集合体のようにもなりかねない。
創造したものは組織の中で有機的に結びつくことで新たな価値を生み出さなければならない。
ほどよい感じでそれを促す仕組みはどのように作ればいいのだろうか・・・?
もしかしたら、それを実現するのがビジョンとか、コアコンピタンスとか言うものなのかもしれない。
いや、なんかそれは違うような気がするな・・
ああ・・何を言いたいのか訳がわからなくなってきた。
考えなきゃなんないことが多すぎるなぁ


