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2007年02月 アーカイブ

2007年02月06日

モバゲータウン

モバゲータウンは非常によく作り込まれていて、このシステムを作るにはだいたいどのぐらいかかるのだろうかなと、システム開発業の私としては考えてしまうのですが、ざっくり使ってみた感想は、そのシステム開発費の大半をかけていると思われるポイント(消費)システムは、はじめは楽しかったりするのだけれど、1日おいてまたいろいろやってみようかとおもうと、めんどくさくてやりたくなかったりするので、何だかなぁという感じがします。

このサービスは、収益源として「仮想通貨」「広告」の2本立てを指向している思われるが、果たして今後成り立つのだろうかという疑問がある。
というのも、このサービスはメインユーザーが10代だからだ。
携帯のサービスは、ほとんどが10代のユーザーだったりするが、広告モデルでは(言葉は悪いが)利益にならない層だったりする。


物販にしても、出会い系にしても実際に購入・登録してお金を支払ってくれない層なのだ。
この層で収益を上げることができるサービスが、携帯公式サイトの着うた、着メロ、待ち受けのジャンルだったのだが、それも勝手サイトでの著作侵害コンテンツと、公式サイトの競争激化により、収益モデルが急速に成り立たなくなってきている。

で、モバゲータウンの本質は、ゲームではなく「出会い系」だったりするわけで、それをうまくオブラートに包んでいるような感じ。

ポイントシステムを出会い系のコミュニケーションに応じて獲得・支払う形にして、そのポイントを提携しているavexとかの着うたダウンロードサービスに転換して、、、という感じでモバゲータウンが現金化できるのかなとか考えていたが、そもそもの現金の出所が無いので、なんか矛盾している。。。。
※サイト内通貨の「モバゴールド」はサイト内の「アフィリエイト広告」をクリックすることでユーザーに支払われる。ユーザーには仮想通貨を渡し、運営者は現金収入を得るという構造だが・・

セカンドライフは、月会費というシステムなので、現金の出所が確保されているので、上記のような展開も可能だが、果たしてモバゲーは・・?
mixiの携帯版はメインユーザーが20代なので、まだ広告モデルの芽が見えている。
が、現状だと広告のバリエーションが少なすぎるのが問題かなと思ったりもします。

今のインターネット広告で取り扱っているもので、収益率の高いものは
(特定ジャンルの)物販、出会い、(縮小傾向の)金融、(いんちきくさい)情報商材・・
とそれほど多くない。mixiのサイト内容を考えると、上記の中でも一部しか(収益率の高い)広告が利用できないという感じ。

※あ、あとモバゲーのあのすさまじいPVは、あの仕組みだったらそうなりますよね。自分のアバターを作るだけでも簡単に数十PV消費しますし。

※サイト内通貨の「モバゴールド」は、現状のような管理の仕方では、楽天ポイントや、航空会社のマイルとは連携ができない。流通量を厳密にコントロールしなければならないから。現状のまま現金化するサービスを開始すれば、現在流通しているモバゴールドはアフィリエイト収入額を超えてしまい一気に負債になるような感じがする。
※ポイント(モバゴールド)を他社サービスと連動させることを考えるなら、ポイントの価値に根拠が必要となるが、現状を見ると、ポイント価値の根拠=アフィリエイト収入となり、アフィリエイト収入のほぼ全てがポイント引当金(つまり負債)として計上され、相殺されてしまう。純粋に売上として計上されるには、ポイントをサイト内で利用して償却してもらう必要がある。
※懸念すべきことは、友人紹介費用その他でポイントを乱発していることで「アフィリエイト収入>流通ポイント+乱発ポイント」となり、収益化のハードルが高くなることだ。

このサイトでは「3ヶ月で4億円もの売上」とか「原価0」とか書いてありますが、このユーザー数、システムを管理するだけでも、人件費含めて数千万円は軽くかかりますし、このシステム・サービスを構築するのにも数億はかかります。
これからの恒常的な機能追加・メンテナンス・設備投資費用・回線費用・管理費用を考えるとこのレベルの売上では相当きついのではないか思うのです。
※※利益が4億だったら全くいいビジネスです。

2007年02月09日

3分の2は総合学習削減望む=「現場の声聞いて」中学教師?長野県教組

3分の2は総合学習削減望む=「現場の声聞いて」中学教師?長野県教組

総合学習という教育を行うことができないぐらい、総合的な能力のある教師が存在しないということであるのかなと思う。

総合力とは、人生哲学の有無によるように思える。

考え方の基本が宗教や国家の方針として与えられていた時代は良かったが、現在はそれが教育者個々人の中で作り出さなければならない。

良くも悪くも、本来ベースになるのはナショナリズムのはずだが、日教組はそれを完全に否定している。
自分で自分の首を絞めることになっているわけだ。

2007年02月10日

過労死は自己管理の問題

「過労死は自己管理の問題」奥谷氏発言が波紋

生物としての人間を考えると、死ぬまで働くというのは、自己防衛本能が欠如しているとしか思えなかったりするが、社会の一員としての人間を考えると、死ぬまで働くということが起こりうる。

たとえば戦争の心理。
本来人を殺すことは人にとって非常な苦痛らしく(一部にそのタガがはずれている人がいて、そういう人は戦場の英雄になったりするらしいが)、いかに人を殺すことが正しいのか、というマインドコントロールをかけなければいけないらしい。

ある大学かどっかの実験では、一般人を囚人と看守に分けて生活させるシミュレーションを行ったが、看守役は徐々に囚人役に対して肉体的精神的苦痛を与える行為がエスカレートし、実験が途中で中止になった、という話を読んだことがある。

複数の人間が集まると、すでにそこでは「場の空気」ができる。
「場の空気」というのは強烈なもので、普段の生活での判断基準から大きく逸脱することがおおい。
※飲み会のことを思い出せば、何であんなことやってしまったのだろう、とあとで思い返すことがあるだろう。

経営者は死ぬまで働け、なんてことは言わない。しかし、働き方の標準が、ある人にとっては何とかクリアできるものであるが、ある人にとってはクリアすることが難しいということもあり得る。
そのクリアすることが難しい人は、その基準に合わせるように無理な努力を重ねるということは十分に考えられる(特に成功体験が多い人・・プライドの高い人?)
・みんなができているのだから、自分もできるはずだ。
・自分は能力が高いのだから、これはできなければいけない
無理をする人というのはこういう心理状況なのではないかなと思う。

人は多面性を持っているので、できることとできないことがあるのに、全てをできなければならない、という自己催眠をかけているのではないかな。

で、上に立つ人は、一人一人の状況をよく見ながら、無駄なストレスが無く、最適な環境で働いてもらえるように努力すべきなのだと思う。
変な話、労働基準法とか、ホワイトカラーエグゼンプションとか、ある基準にどの会社も統一するということも間違いだと思う。
労働基準をどんなに下げても、過労死という問題は起こりうると思う。
人を労働に最適化する、ということを続けるのではなく、労働を人に最適化する、という努力を経営者は行わなければならないのではないのかな。

2007年02月26日

日報

負担にならなく、情報共有ができ、業務が把握でき、自分自身のためにもなる日報のフォーマットを考えています。
たぶん、変える前にまとめて書く、というスタンスをとっているから日報を書くのが負担になるのではないかと考えてます。
理想は、「いつの間にやら日報ができていた」です。

サーバはログを記録し続けます。定期的にそのログを集計した状態で、管理者は把握します。
そんな感じのプロセスが反映できたらと考えています。

Blogのデザインが新しくなりました。

新卒入社の大石さんが一晩でやってくれました。

ありがとうございます。

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